暑中見舞い
だいぶ時期を逸してしまいましたが
この前調べたので一応載せておきます。
暑中見舞いを送る時期について。
暑中見舞い
届け先の地域の梅雨が明けてから立秋まで。
残暑見舞い
立秋を過ぎてから処暑のころまで。
今年は梅雨が長かったので
暑中見舞いを送れない地域とか無かったんですかねー??
だいぶ時期を逸してしまいましたが
この前調べたので一応載せておきます。
暑中見舞いを送る時期について。
暑中見舞い
届け先の地域の梅雨が明けてから立秋まで。
残暑見舞い
立秋を過ぎてから処暑のころまで。
今年は梅雨が長かったので
暑中見舞いを送れない地域とか無かったんですかねー??
節分ですね。
豆はまきましたか?恵方巻は食べましたか?
私は恵方巻だけ食べました。ファミマで買ってきました。
そしたらパックの裏に恵方巻のお作法が載ってました。
最近は親切ですね~。
そこで、恵方巻についてちょっと考察してみたいと思います。
節分・恵方巻の基礎知識についてはこちら
恵方巻は以前も書いたとおり
福を巻き込んだ縁起物。
そして恵方とはよいエネルギーが流れてくる方角。
その方向を向いてよい力を「いただく」わけです。
一本食べきらなければいけないのは
よいエネルギーを「途切れ」させないため。
途中でしゃべってはいけないというのは
儀式としてより完成度を上げるための縛りといったところでしょうか。
ちなみに私は食べてる途中に「何食べてるの」と家族に声をかけられて失敗しました。
だって無視するわけにいかないし。
まあ、単なる「縛り」ってだけなので縁起は変わらないって事で![]()
明日は立春。
春に向けて新しいエネルギーをたっぷり
体に取り込みましょう。
クリスマスですね。
小ネタをひとつ。
妹に質問されたんですけど
なんで、クリスマスの前日である
24日にプレゼントを渡すのか?
これはあっちの国は日没から一日が始まると数えるから。
つまり24日の日没からクリスマスは始まってるんだね。
※季節はずれなんですけど補足します。
イブってイブニングのことなんだそうですよ。
クリスマスイブがクリスマス当日の夜だってここからもわかりますね。
なんかコレは最近結構有名な話になってきたみたいですね。
ちなみに
日本では24日の夜にプレゼントが枕元に置かれ
25日の朝にあけますが
海外ではもみの木の下に何日も前から置かれていて
子供たちはクリスマスの朝を楽しみに待つというわけです。
ほかにも海外はクリスマスを待つ準備というか工夫が結構多いですよね。
12月22日は冬至です。
一年でもっとも日が短い日。
つまり翌日から日照時間が少しずつ延びていくわけで
気象条件の厳しい地域では
古から復活祭がこの時期に行われてきました。
ちなみにクリスマスがこの時期なのもそのため。
イエスが生まれたのは本当は夏ですから。
まあ、コレはクリスマスの項で詳しく説明します。
それはさておき
日本の冬至では柚子湯に入ったりします。
私は柚子をそのまま湯船に突っ込んでいたんですが
本当はガーゼの袋などに入れて投入するそうです。
職場の人がそういってました。
あと、かぼちゃ食べますね。
私はこの前いとこにというものを食べました。
かぼちゃと小豆を一緒に炊いた煮物です。
いとこにの名前の由来は
種類が違うがほくほくして甘いかぼちゃと小豆を煮るからだ、とか
かぼちゃに火が通りにくいので
おいおい、めいめい炊き上がる、からきたとか
諸説あるようです。
どちらの習慣も風邪の予防が目的のようです。
体を芯から温める工夫。
昔は風邪も命取りだったわけですからね。
日本の風土を感じながらかぼちゃを食べましょう。
今年も残り少ないですが
健康に年を越せるよう、体をお大事に!
五節句(五節供)とは以下のものです。
これら五節供は日本でもおなじみの行事ですが
元は中国から渡ってきた風習で
日本の習慣に合わせて変化を加えたものが
江戸時代に幕府によって祝日に定められました。
チョコレート
バレンタインにチョコレートを送るのは日本だけ
といわれていますが
チョコレートを恋人に贈る習慣はイギリスで始まったのです。
もちろん、お菓子会社が始めたわけですが・・・。
日本では、チョコレートを贈る習慣を1930年ごろから
多くのお菓子会社が広めようとしましたが当初は全く浸透しなかったようです。
海外の習慣
海外では贈るのはチョコレートに限らず
お菓子類、花、宝石などが主流のようです。
そして、男女どちらからでも贈り物をします。
一般的なバレンタインデーの理解
St.バレンタインデーは、聖人バレンティヌスの祭日です。
一般的に知られているバレンタインのルーツは
キリスト教の司教であったバレンティヌスが
結婚を禁じられた男女の結婚式を執り行ったため
処刑された日であるというもの。
しかし
このバレンティヌスさん、実際には誰か?というと特定できないのです。
何故、バレンタインデーは恋人の日か
そもそも2月14日はローマ神話の女神ジュノ(ユノ)の祝日でした。
この女神は家庭と結婚の神です。
「ジューンブライド」などは6月の守護神がジュノーであることに由来しています。
祭りといえば男女を結び付ける大イベントです。
当時、2月15日は豊年を祈願する祭りの初日で
※豊穣の神ルペルクスを祭るルペルカーリア
前日の14日には祭りの間一緒に過ごす男女のくじ引きが行われました。
※正確には14日の夕方に未婚女性の名前の書かれた札を桶の中に入れ15日にひく
特にこの時代のローマでは男女の交際が厳しく管理されていたため
未婚の男女が公に一緒に過ごすことができる祭りの
始まりの日、2月14日は
恋人たちの日といっても過言ではありませんでした。
つまり、バレンティヌスが恋人たちの守り神になる前、処刑されるずっと前から
2月14日は恋人たちのお祭りだったのです。
キリスト教と2月14日
キリスト教には他の宗教を飲み込みながら排斥してきた歴史があります。
キリスト教を利用して国民を統治した政治そんな歴史を生んだのです。
行事のテーマから外れますのでここではそこまで詳しく触れませんが。
そんなわけで豊年祭なんて重要で盛り上がる祭りは
本当なら一気に廃絶してしまいたいところだったのかもしれませんが
ローマでローマ神話の祭日をいきなり廃止しようとしても
いたずらに反発を招くだけです。
そこでキリスト教の聖人の処刑日をその日に合わせて
キリスト教の祭りを設定することで
少しずつ異教を取り込むことに成功したのです。
つまりシフト!!
あーすみません、むかつきすぎて興奮してしまいました。
ところで、現在バレンタインデーは
キリスト教の行事としてはメジャーではありません。
ちなみにキリスト教では365日どの日も、誰かしら聖人の祝日に設定されています。
そもそもこのブログは追難の記事を載せたくてはじめたわけですから
これでちょうど(正確には明日)一周年ということになりますね。おめでとう私!
節分
節分とは季節(立春・立夏・立秋・立冬)の始まりの前日をさす言葉です。
一般的には立春の前日をさす場合が多いようです。
立春の前日(一般的な節分2月3日頃)に行われる
豆まきは平安時代から行われている追難(ついな)の名残です。
近年の節分
最近では家庭で行われる追難は豆まきなどの形式が残るのみで
(神社等では今でも鬼追い(おにやらい)(※下記参照)を行うところがある)
柊の枝にいわしの頭を指した柊鰯を門扉に飾るなどを行う家もあります。
これは鬼(オニ)を追い払うためにおこなうものです。
私の聞いた話では鬼は柊の棘、鰯の匂いを嫌い(誰でもイヤだろう)
その家には近づかないという説によるものらしいです。
鬼とは
季節の変わり目には鬼が生じるという考えから
鬼追(おにお)いの儀式が成立したのですが
ここでいう鬼はキ、つまり忌、気。
鬼追いとは邪気をはらおうというものです。
季節の変わり目といえば、病気になりやすいですね。
今の人間にはちょっとした病気でも昔は死に直結したのですから
邪気をはらうことは生活の中でもかなり重要な位置にあったわけです。
豆まき
まいた豆を齢の数だけ食べると丈夫になる、という慣わしがあります。
これも豆を鬼にぶつけて邪気をはらい
無病息災を願うところからきているといわれています。
恵方巻き
最近では関東でもおなじみの恵方巻きですが
関西地方で人気の風習です。
恵方巻きはそもそも江戸時代末期頃から大阪の商船の商人が
商売繁盛の祈願にはじめたものといわれています。
私の見解では巻物=福を巻き込んだものを食べる
いった意味合いもあるのではという感じです。
因みに恵方巻きの正しい作法は恵方を向くこと。これだけ。
黙って食べる、笑いながら食べる、これを守らないと
運気が逃げるという説もありますが・・・・・・裏づけはないようです。
鬼追い(おにやらい)
以下去年の記事
豆まきは平安京で浮浪者なんかを鬼に見立てて
石を投げて追い立てたのが始まりらしいです。
真偽のほどはまだ確かめてませんが
まあ平安京に鬼と浮浪者はいっぱいいましたから。
神社などでは節分行事を
鬼追い祭り(神事)とか追難とかいうのが普通だと思います。
京都でも鬼追いは有名ですね。(テレビで流れる)
この行事のもとは子どもたちを引き連れて、
京都一の大丈夫(大きい男の人)が
「鬼やらい」といいながら町を練り歩き災厄を追い払う儀式です。
私の説明ではちょっと正確性を欠いていると思いますが(汗
節分では(最近は少なくなったものの)多くの家で豆まきをしますね。
豆まきは邪気払いですから、呪術なんです。
呪術は一人でやるより多くの人間が行うほうが効果が高いのです。
(一人でこっそりやるのもありますけど、一人の人間の精神力はタカが知れていますから)
ということは、豆まきのような
全国レベルのイベントと化した行事で
邪気払いを行うのはかなり効果が高いといえるのです。
これを踏まえたうえで明日の節分本番では
豆を撒き散らし
恵方巻き(今年は確か北北西)にかぶりつき
拾った豆をぽりぽり齧りながら
悪運を退けること、健康と金運を祈願してみてください。
本当はもっと細かくやりたかったんですけど・・・
忙しいので勘弁してください。
さて、先日神社仏閣をめぐりまわった私ですが、ふと数年前の
「喪中は鳥居をくぐってはいけない」
と友人がかたくなに鳥居の脇から入場するさまを思い出しました。
アレって迷信?それともしきたり?
もう鳥居くぐっちゃったけど・・・と思って調べてみました。
そしてついでに正月の迎え方も調べました。
以下には調べたことを私なりにまとめますので
氏子となる神社によってはしきたりが違うと思われます。
まず、正月の挨拶ですが
年賀状だけでなく
「あけまして○○でとう!!」
「○け○め!」
「ハッ○ーニューイヤー!」
↑自主規制
とかの挨拶も全部駄目。
正月のおめでたい浮かれムード、全部駄目!
だからウチでは門松も飾らないし、初詣にも行きません。
年が明けたらそっと仏壇に手を合わせる
くらいがベストだとのことです。
ウチ、仏壇無いから母さんの部屋のオカルトグッズコーナーに手を合わせるよ。
↑一応これはおじいちゃんの供養を遠隔でできるように作ったコーナーだから間違ってはいないはず。
神社の鳥居云々は喪中ではなく忌中。
喪中が一年なのに対し、忌中は短くて
父母で一週間その他は5日とかです。
とっても短いです。
だから、せめてもうちょっと慎んでましょうよってことで
鳥居だのなんだの行動面でのたしなみは
50日くらいを目安にしたほうがいいみたいですよ。
神道では仏教と違い死をケガレと考えますので
忌中の間は参拝がカミに対して失礼にあたるので控えます。
寺はOK。
鳥居をくぐるというのは敷地に入るということを意味するので
脇から入ればいいってもんじゃないみたいです。
暗に「来るな」ってことですね。オブラートに包んでるんですよ。
でも、神社によっては本当に脇から入ればイイよって所もあって一概には言えません。
(逆に一年間駄目って所もあるしほんと一概に言えない)
お寺に関しては先ほども言ったとおり何の問題もありません。
むしろ、お世話になっているお寺へ年始のご挨拶に行くのはよろしいことです。
文具店を回ってみたところ
ちょっとかわいい、気軽な感じの喪中はがきを発見しました。
色合い的にはやはり辛気臭いイメージが拭い去れませんが
まぁ、ここまでやってくれれば上出来でしょう。
出来合いのものですから
印刷注文にかかる時間も短縮できますし
余裕ができたところで
もっと大手の文具店を回って
好みの喪中はがきを発掘したいと思います。
年末が近づいてきたと言うことは
年賀状の準備を始めなければならないと言うことですね。
しかもワタクシ、今年は喪中はがきなので
11月中に出さなきゃいけないみたいです。
早くしないと先方が年賀状を作成してしまいますからね。
私は毎年年賀状は手作りを心がけておりまして
切ったり貼ったり押したりいろいろ工夫するのが楽しいのですが
手作りの喪中はがきって見たこと無いですよね。。。
んで、注文にしようか、ということでサンプルを見に行ってみました。
どいつもこいつも
シブい。
毎年手作りでかわいらしさを追及している私としては沈みます。
でも、年賀状のそういう楽しげな雰囲気がタブーなわけですからね。
しようがないですよ。ええ、しようがないですとも。
でも、私も花の20代ですからね。
枯れ荒んだような紫に白い蘭とか
確かに荘厳かもしれないけど躊躇しますよね。
ということで、もう少しサンプル調査を続けようと思いますが
年賀状の注文って今の時期がお買い得なんですよ。
早期注文割引があるのです。
いろいろな割引を組み合わせると3~4割安くなるんです。
あと、あいさつ文がほぼ定型なのもきついですねー。
手作り好きとしては。
年賀状って個人向けのメッセージを一筆したりするじゃないですか。
そんな喪中はがき、みたことないし。
結局手作りになったりして・・・。
まぁ、文具店とかもまわってみましょうか。
喪中はがきが先出しってのも面倒だなぁ。
私、普段年賀状全部、来たのに返す形なんですよ。
私に年賀状出しそうな人を予測しなければならないじゃないですか。
アーダメダメ、私こういうことからっきしなんだよ。
15日はお盆最終日と言うことで夕方から精霊流しをしました。
真宗ではお盆だから帰ってくるとか言う概念がないらしく
つまり、西方への見送りの精霊流しという行事もないのですが
ま、やってみっか、ってことでやることになったそうです。
妹が何故、関東ではやらない精霊流しと言う行事が
こちらでは流行っているのか、という質問をぶつけてきましたが
私が知るわけありません。九州出身じゃねっての。
とりあえず「長崎が近いからじゃないの」と無難に返す私。
長崎では精霊船も規模が段違いで
お披露目のために山車のように町中を練り歩くらしいっす。
爆竹鳴らしながら。
製作にもめちゃくちゃ時間がかかるらしいです。
ほぼ一年中精霊船つくってんか、みたいな。
それに比べてこの界隈はおとなしいものです。
かわらに下りるとすでに多数の精霊船が
浮いてと言うか沈んでと言うか・・・。
中に乗せたろうそくが燃え移り水上で火事になっている船も。
そして途中で風向きが変わり逆流。
帰れねえ、西方に帰れねえよぉ。
市販の簡易精霊船は紙製なのでもたないっぽいです。
ウチも紙製なんですが・・・。不安がよぎります。
先人の失敗を教訓に
中に乗せる果物や灯篭のバランスに気を配る私たち。
いざ出港!
う、ういたよ、お父ちゃん!
あ、斜めになってるよ・・・
も、戻ってきたよ・・・!!
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
座礁ーー!!!
浸水してるし・・・。
中を整えたり荷物を減らしたりして再び出港。
今度はさっきより沖まで進みました。
そして、少しずつ・・・斜めになり・・・沈み行く・・・
その一連の流れを全部写メに撮りました( ̄ー ̄)ニヤッ
それにしても船が沈んだり他の船とぶつかったりするたびに
おおっ!とか、あぁー・・・とかパチパチ・・・とか
周囲の人がいちいちどよめくんですけど。
何この一体感。
他の人の船でもだよ。
いつもこうなの?
それともうちらが他の船の批評したり
炎上した船に騒いだりしてたから触発されたのかな・・・?
もうある種のイベントですね。
でも、やはり馴れている人のものなのか?
見た目のきらびやかさより、丈夫さ重視で作られた
発泡スチロール製とか木製のものが
しっかり浮いているのに感心いたしました。
なかにはただの発砲スチロールの箱とかあった。
魚入ってました、みたいなやつ。完全機能性だけを取ったね。
ちなみに市役所の人が後から全部片付けるのだそうです。
ご苦労様です(^人^)!!
葬儀のときのお坊さんが
初盆のお経をあげに来てくれました。
祖父は真言宗だったので仏間には
それ関係の仏像やらなんやらがたくさんあります。
真宗大谷派はそういう形に厳しいというか、とてもこだわるようなのですが
その住職は「いいですよ。別に。」という感じでした。
読経はいたって普通でした。
ただ、着替える場所を用意していなかったので
住職が到着する前に仏間に勢ぞろいした親族の前で
住職生着替えショー。
着替えの間は必ず用意しましょう!せめてついたてだけでも。
法要の前後に
祖父が祖父の兄とやり取りした手紙を読んだり
↑家の歴史についてつらつら書かれている。
戦時中の話とか勉強になりました。
この大叔父は後日、一人で書き上げた家系図と
葬式の最中や昔の写真をまとめた自作のメモリアルDVDを送ってきてくれました。
これが音楽が流れる中写真が動いたりとエンターテイメント性抜群。
それにしてもこの人、80歳はゆうに超えているのにすごいなぁ。
普通に話したりしました。
そのあと、妹と住職の着替えのシーンの話になって
私が目のやり場に困っちゃって・・・と言ったら
「黒の柄物パンツだったよね」と言い放ちやがりました。
凝視してたのかよ!!(( ̄□ ̄;))
お盆のため九州に帰省。
いまさらお盆かよ!って感じですが
忙しかったのだもの、ドンマイ。
またまた一時間半の飛行機。
でも今回は空港の近くに住んでいる伯母が迎えに来てくれました!
渋滞にもハマらなかった!
祖父の家に入ると
も・・・もうお盆の準備が済んでる!!
仏壇も新調され、灯篭も飾りも全部出ている。
そ、それを手伝いに来たのに・・・。
仕方ないか・・・もう13日だもんね。
でも飛行機が取れなかったのよーー!
とにかくお線香をあげたりしました。
それから・・・ええーと、何したんだっけ・・・?
だって一ヶ月も前のことだものーー(泣)
妹が、心霊特番やってないと騒いでいる!!
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
かんけーないじゃん。。。
orz
↑ブロガーっぽい(嬉
前にダイアリーにも書いたけれど
仕方がないので百物語もどきをしました。
↑ただ怪談をするだけ
なぜか従弟が勇んで参加してきました。
すきなのね・・・。
私の話は例の如く怖くない。
妹は自称霊感ゼロ。
従弟の母校の近くの六角堂という
謎の建物の話が一番怖かった・・・のか?
結局普通のおしゃべりでした。
しかしそこで母が例の稲荷発言をし口論に。
そして母が祖父の成仏について話す。
件の坊主が祖父が成仏していないと言ったのだそうです。
確かに祖父は真言宗だったのですが
檀家になっていた寺の住職がその前に亡くなっていたために
別の寺(真宗大谷派)の住職に頼んで式を挙げたのです。
それを祖父は不満に思って成仏できないのだ、と。
だから、供養のために真言宗のお経をあげろ、と。
まぁ・・・個人的に祖父のためにできることをやろうって言うなら
別にいいと思うんですよ。
でも、ここで言うことじゃないだろ。
みんな、白い目で見てるだろ。
空気読め。
ていうか、私の見解では祖父は進歩的な考えの人だったので
(↑PC使いこなしていたり、新しい電子機器とかウチより早く導入していたような人)
そんなことでうじうじ成仏を渋ったりしないと思うんですが。
だいたい、さっさと別の寺を見つけなかったのは祖父なんだし
こういう事態は予想していたと思うんですよね。
納得済みなんじゃないかな。
葬式のときも普通に行事として参加しているように見えたけど。
まぁ、祖父との付き合いは
私より母たちのほうが長いわけだけどさー。
でも、会ったこともない坊主にとやかく言われたくないよ。何様だよ。
なんか、うちの家系ってだまされやすいみたいです。
宗教とか宗教とか宗教とかに。
私の知る限りさかのぼると祖父の母親と姉が某創価学会だし。
ここはスゲーよ、入会しないと供養もさせてくれないんだって。
私が生まれた時点でこの曾祖母は生きていたのに一度も会ってないしね。
伯母たちは変な集会に大金払っちゃって
私たちを勧誘してきて
行かない、って言ったら家族じゃない、って言うし。
家族の断裂に繋がる宗教。ステキですね。
宗教ってそもそも思想なんだから
私はこう考える、でいいんじゃないですか?
それは誰にも侵せない領域ですし。
それを他の人も信じるべきだ、とか
あの宗教の人間はこうだ、みたいに言うのはおかしいでしょう。
その時点で本来の宗教としての姿を失ってると思いますよ。
だから私は宗教はただの集団だと思うのです。
新興宗教だけでなく。
キリスト教でも普通にやってるところはやってますよ。
うちの近所とかひどいもん。仲間意識を利用して勧誘してきますよ。
仏教はあまりかかわりがないので良く分かりません。
と、今回はいろいろ混ざってしまいました。
お盆に帰ってきましたよ。
そしてPCも帰ってきましたよ。
でも、オカルトなコトは何もありませんでした。
イベントは盛りだくさんでしたが。(後日アップします)
妹がテレビで心霊特集がやっていない!と騒ぐので
いとこ同士でにわか100物語をやったんですが
いくら考えても
笑い話しか出てきませんでした。
だって恐怖体験なんかしてないんだもーーん。
広島の怪談で、原爆の被害者が~というものがありますが
61年経った今でも、広島の方々が
その苦しみの中に居るのだとしたら
もう、眠っていいのだということを
どのように伝えればいいのでしょうか。
もし本当に今でもその苦しみから逃れられないのだとしたら
彼らが安らかに眠れるように
できるだけのことをしたい、と思いますが
規模が大きすぎて、きっとどんな霊能者でも無理でしょう。
できることがあるとすれば
今までどおり
国民のほぼ全員が黙祷をささげるあの時間に
平和への誓いと、安らかな眠りを祈ることが
一番なのでしょうね。
七夕は中国の行事と日本の行事が合わさってできたものです。
もともと現在のお盆行事の一部として
行われていたものが独立したもので。
笹は霊の依代であると考えられているみたいです。
牽牛織女伝説はご存知の通り中国からの輸入で
日本には古事記の載っている
棚機津女(たなばたつめ)の伝説があるそうです。
所謂、神と人間との異族婚で
棚機津女は機織娘で巫女!だということです。
七夕で願い事をするのは
棚機津女が村を災厄から救うために人柱になったことと
織女が機織の名人だったために
芸事の祈願をされていたところから来たのではないでしょうか??
それと皆様に一つ注意があります。
七夕の行事は7月7日の夜に行われることが多いようですが
本来は7月7日の夜明けの晩、つまり
7月7日の未明に行うものなのだそうです。
うっかり短冊を出し遅れないようにしましょう!
おおっと・・・、忘れるところでした。
もうすぐ旧暦の七夕ですね。
もともと旧暦で行われていた行事ですから
肝心の天の川が新暦の7月7日では
梅雨雲に隠れて見えないことが多いのです。
ということで、旧暦に行うことをオススメします。
忙しさにかまけてすっかり忘れていましたが
今日って七夕だったんですね。
でも例年に比べて七夕熱上がってなくないですか!?
うちの最寄り駅に毎年飾られる笹もなかったし!!
今日って間違いなく7月7日ですよね・・・?
一般的に七夕というと
笹に願い事の短冊を飾ったりして
それを
年に一度会う織姫と彦星がかなえてくれる
って言う行事のことですよね。
七夕は旧暦では立秋以降に行われた秋の行事だったので
日本の梅雨に当たる現在のように
雨で星が見えない星祭なのに・・・なんてことはなかったようです。
七夕は日本の「棚機津女(たなばたつめ)の伝説」と
中国の七夕伝説が合わさって現在の形になっているようです。
中国からは牽牛織女の天の川伝説
日本からは笹飾りや「たなばた」という言葉が
形として残っています。
そして七夕は五節句の一つにも数えられる立派なお祭り。
長くなったのであとは次回にまわします。
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