吉備津神社

えーと、3年前に書いた話です。3年前って・・・切ないな。

話が出たので探したらあったのでアップしときます。

岡山といえば桃太郎ですが
桃太郎伝説の残る吉備津神社というところがあります。
主神は大吉備津彦命で
ご存知遣唐使の吉備真備の祖先ともいわれる人です。

この大吉備津彦命の行った
鬼(というか温羅)退治が
桃太郎伝説のもとであるといわれています。

境内はとても広く
さっぱりとしていて年代を感じる回廊など
かなり見ごたえありです。
私はあまり下調べをせずに行ってしまったので
(というかたまたま宿泊した場所の近くにあり
 移動の前に少し立ち寄っただけ)
じっくり見てまわっていないのですが
ここには大吉備津彦が
退治した温羅の首を封じたという釜があり
鳴釜神事を行っているそうで
申し込めば一般の参拝人でも参加できるのです。
(私は行った時点で全く知りませんでした。
 というか朝早すぎて誰も居なかったし)

この鳴釜神事というのは
この釜で湯を焚き
その時に音が鳴るかどうかで
願いが叶うかどうかを占うというもの。
テレビなどでもよく取り上げられていますし
昔からの文献にも載っているそうです。
古くは国の吉凶を占っていたようですね。

今度行く機会があればこの鳴釜の神事への参加も含めて
もっとじっくりまわりたいです(^^;)

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リベンジ・伏見稲荷大社2

すっかり薄暗くなった周囲に加え

広すぎる境内。

軽い山登りのような勾配。

地図で見ると近いのに

いくら歩いても(しかも早足で)いっこうに目的地に着きません。

あの案内図の縮尺は詐欺だ

そして、目的の清滝に着いたときには真っ暗。

昼間に見ると、ていうかHPに載ってる写真とかは

清廉な滝なんですが

暗いなか見ると限りなくしょぼい。

大きい声では言えませんが

・・・これが、滝?

苦労してのぼってきてまで見たかった滝が、これなのか?

と思いました。

ぜえぜえ息を吐きながら思いました。

聞いてください。

この清滝がゴールじゃないんですよ!

一ノ峰っていうところが一番てっぺんで

まだ先にあるんです!

しかし、もう進む気になれず。

途中であきらめた組から

「おなかすいたから早く降りてきて」と

がんがんコールが入るし。

電波無いんですけど、復活するたびに入る。

だから早く行こうって言ったんじゃん!

おのれ、だから別行動にしてくれと言ったのに。

なんか、奥社奉拝所って言うところにあるおもかる石っていうのが

願い事を思い浮かべながらその石を持ち上げて

重く感じると叶い難く、軽く感じると叶い易いという

石らしく、それを見たかったんですけどそんな余裕皆無でした。

帰りの四ツ辻で夜景の写真を撮りました(妹が)。

そしてトイレに行きたくなったので下まではダッシュで帰りましたよ。

途中にトイレが1箇所あるのですが16時までなのです。

戻ると18時前でしたがすっかり夜で

社務所も閉まってました。(来たときはまだあいてた)

パンフレットももらえなかった(ノд・。)

なんか、ここは吉備津神社にある鳴釜というのの

小さいバージョンを売っているらしく

同行者がほしがっていたのですが

途中で戻った組だったにもかかわらず

閉まっていて買えなかったそうです。

鳴釜については以前吉備津神社について書いたときに触れたものがあるので

明日の記事として再アップします。

最初夕食後とか言ってたけど。。。。

ここに限らず冬の時期は

どこの寺・神社も16時には閉まるようです。(清水寺も16時までだった)

寺は門が閉まって入れないところが多いですが(入り口で拝観料取るし)

神社は開放されているのでなかに入ることは出来ると思います。

私も数年前8時過ぎに入ったし。そのとき参拝の人は何人かいました。

奥までは行かなかったけれど私が歩いた範囲は電灯も点いていました。

教訓:伏見稲荷はたっぷり2時間はかけて早い時間に行きましょう。。

あと、事前にどうやって回るか計画を立てたほうがいい。

たぶん、いろんな社(途中にいくつもある)を参拝したり

茶店でお茶したり楽しいと思います。

あー!絶対また行くぞ!!

ちなみに伏見稲荷には参拝客のために宿泊施設があるようです。

素泊まりで4000円未満。

リベンジした伏見稲荷はなんか、もう一度負けました。

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リベンジ・伏見稲荷大社

前回の雪辱を晴らすため

一日目最終箇所は伏見稲荷大社です。

時刻は16時近くになっており

「伏見稲荷は夕食後行けばいいか~」

みたいな意見が出たので私から激しく抗議

「伏見稲荷に暮れた後はありえね~」

「怖すぎるんだよ!(前回参照)」

「稲荷なめんな!!ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛)`Д゚)・;」

というわけで平等院の後すぐに向かいました。

伏見稲荷大社は全国に3万社ある稲荷神社の総本宮です。

稲荷神を祀っています。

農業の神を祀っているので五穀豊穣や商売繁盛のご利益があるとされています。

まえにも書きましたが狐は稲荷神のお使いであって

稲荷=狐ではありません。

連なる千本鳥居に皆さん興奮。

私は2回目だからとにかく清滝まで早く行きたくてしょうがない。

何しろ日暮れがすぐ背中まで迫っているのです。

せかす私を他所に写真を撮ったり

「怖い、怖い」とはしゃぐ面々。

もうしらん!一人で行くわ!!

と私一人ざかざか進みました。

ていうか、普通に歩いても時間かかるんですよ、全部回るの。

広いんですよ。

途中で絵馬(キツネ型)や小さな鳥居など(社務所?で買えます)に感動しつつ

競歩で進む私。

とにかく日が暮れ始めているんです。

あせる私。

茶店も全部閉まってるし。

途中に三ツ辻四ツ辻という分かれ道があるのですが

そこが見晴台のようになっていて夜景がきれい。

・・・・・・夜景?

そう、あたりはすっかり薄暗いのです。

長くなってきたので、次回にまわします。

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平等院

1日目、二箇所目は平等院へ。

奈良から京都へやってきました。

十円玉でおなじみの鳳凰堂のなかを見学。

ここにある阿弥陀如来坐像が本尊です。

最近修復したばかりで金箔もはりたてで美しかったです。

100年・50年ごとに修復されるそうです。

周りの壁面には雲中供養菩薩像がたくさん舞っていてきらびやか。

雲中供養菩薩像てのは誰だかを迎えに来た菩薩の群れなんですって。

説明されたけど忘れた。踊ったり音楽を奏でたりしています。

壁扉絵も雲中供養菩薩像がテーマ。

歴史ある神社仏閣や仏像というと

古い木の色合いしかイメージされませんが

長い年月で色がくすんだりはげたりしただけで

作られた当時は相当派手なカラーリングだったらしいです。

当時の扉絵を再現したものを見ましたが、すごい色合いでした。

赤外線で色味まで正確に再現したんだそうです。

ビバ科学技術。

そんなこと考えても見なかったけれど

当時は仏像でも建造でも唐の文化を輸入してきたんだから

確かに派手だったはずですよね。

鳳凰堂は1時間に3回ほど内部見学ツアーがあるのですが

細かく解説してくれて、これが面白かったです。

ぜひ外から見るだけじゃなく

このツアーに参加してみてください。

その解説で教えてもらったのですが

正面の外扉開くと上部に丸い窓がありまして

これは外から鳳凰堂を見たときに

中の阿弥陀如来像の顔が臨めるようにするためなんだそう。

外からも見てみましたが確かに拝顔できました。

平等院内にある鳳翔館は展示施設で

雲中供養菩薩像の一部や鳳凰の像(ともに国宝)を間近に見ることが出来ます。

ここで私は鳳凰に滅茶苦茶萌えました。

なんかね、近くで見ると足の親指重ねて立ってるの!

で、足をすごくピーンとしてるの!

可愛い!!ずっと見ていたい!

2Fがミュージアムショップになってるんですけど

そこで鳳凰グッズを買いあさりましたよ。ぐへへへ。

鳳凰っていうのは朱雀と同一視される瑞獣です。

風をつかさどる霊獣ですが、五行説の朱雀と混同されてから

火の精とする説もあります。

鳳は雄、凰は雌のつがいのため、愛の守り神とも信仰されています。

身近な鳳凰としては新一万円札に描かれているのを見ることが出来ます。

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数珠

これです
モデル:なんなん
うーん、
ファッショナブル(*´д`*)

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奈良県某寺・2

加持祈祷の内容については割愛します。

厄落としみたいなことしてもらって

最近神社に行ってなかった私としてはラッキーと思いました。

実は出かける直前にお守りが切れるという縁起の悪い出来事があったのでした。

それにしても私は煩悩にまみれているなぁとおもいました。

祈祷の間、本当にどうでもいいことばっかり考えてしまいました。

そんなことはどうでもいいのです。

書きたいのはここから。

祈祷のために本堂に行く途中

住職は山伏みたいな格好をしてほら貝を背負っていたのですが

どうもそのほら貝がオレンジ色に光っているように私には見えました。

最初は陽を反射しているのだと思いました。

でも、それにしては妙にチラチラとした光。

まるでほのおのような。

で、隣にいた母に「光ってね?」と聞いてみたのですが

その瞬間に消えてしまったのです。

母は気づかなかったらしいです。

まぁ、たぶん光の反射でしょう。

そのあと、お堂の中をみせていただきました。

本堂とは別に役行者等々の像が祀られている場所があるのですが

そこの一番右に地蔵菩薩像が在りました。

みんなでその像を見ながら

「これはいい顔をしている」と口々に言うので

どれどれとみてみると

いい顔どころじゃないです。

動いてました。マジで。

なんか、笑いをこらえてる人みたいに

口元がピクピク動いてるの。

間違いないですよ、私ちゃんとコンタクト入れてから見たし。

でも、ほかの人たちは気づかなかったらしいですね。

「動いてるよ!」とかいうとイタイ人なので私も何も言いませんでしたが。

旅の記録帳にはこっそり動いていたと書きました。

まぁ、たぶん寝不足だったんでしょうね。

このあともあちこちの寺、神社を見て回ったわけですが

ここほどすごい場所は無かったです。

このお寺ではちょうど本堂の建て直しということで

古いお堂の柱に使われていた梅の木で作った数珠\1,000をいただきました。

お守りが切れていたので、よかった。

600年の間本堂の柱として働いた梅の木。

ご利益がありそうじゃないですか。

ご住職がこの数珠について説明してくれました。

「紐の部分にシリコンゴムを使っているので

 はっきり言って切れません

!!(゚□゚(゚□゚*)

薦めるところ、そこ!?

ご利益とかじゃなくて!?

すごくはっきり言ってました。

住職が好きになりました。

私の切れたお守りの補修にもシリコンゴムを使いたいと思います。

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奈良県某寺

名前出していいかわからないので伏せます。

(たぶん問題ないと思いますが逆にこのブログが見つかると困るから)

霊場巡礼ツアーひとつ目は奈良県のお寺でした。

住職が知り合いの知り合いですごいひとということで。

この寺は役行者の生まれた寺だそうで

生まれた「」っつうのがよくわかりませんがなんか境内で生まれたそうです。

ここまで書いたらどこの寺かはググればわかります。

HPがわらえまs

役行者とは「役小角」のことで

修験道の開祖、山伏の元祖の人です。

本堂のご本尊は五大明王。

このへんは私もよくわからないので割愛します。

なんでこの寺を訪ねたのかというと

ご住職が役行者の秘法のひとつで「加持祈祷」してくれるというのです。

↑普通の人はしてもらえません。知り合いのコネでしてもらいました。

このお寺を訪ねてまず驚いたのが住職が若いこと。

結構な歴史のある寺なんですよ!

爺さんが出てくると思うじゃないですか!

若いのにすごい人だそうで

この若さで役行者の秘法を体得しているらしいです。

秘法だから教えてもらうんじゃなくて自分で会得しなきゃいけないんですって。

住職のブログにそう書いてあるらしいです。

住職のブログって。。ググっても出てこないからミクシィかな?

長くなりそうなので2に続く。にします。

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伊豆の海2

伊豆の海2
別に旅行の記録として
載せているわけではありません。

カメラを斜めにして撮ってます。

まだ続きます。

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伊豆の海です

もう二年くらい前になりますが
伊豆最南端石廊崎に行ったときの写真です。
曇ってて残念ですが・・・。
つづく

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分祀

最近話題ですので私の知識を少し書いておきたいと思います。

まぁ、ニュースでも少し触れられているのですが

現在の神道には一度カミとして上げられたものを

人間の都合で降格させるなんて考え方はありません

なんつーか、宗教まで欧米化してるって感じがしますねぇ。

分祀しましょうなんてメディアは平気で言っちゃってますけど

ちゃんちゃらおかしいっつうの。

「分祀」の意味間違ってるから。

「分祀」の正しい意味分けて祀る

例えばとある神社で祀られている神に

ウチの神社にも来て欲しい!分祀してください!

っていうのが正しい使い方で

同一のカミが日本のあちこちの神社で祀られているのは分祀したから。

そのカミを分けてもらっているわけです。

もちろん、分祀しても元の神社で祀られなくなったり

降格したりはしません。

一度祀った神をやっぱりいらないよーんなんて

祭神から外すなんて聞いたことも見たことも無いです。(日本では)

あのツッコミが出ますよ。欧米か!

詳しいわけじゃないけれど、たとえ荒神になっても祀り続けてますよね?

だから祟り神になるとやっかいなわけで。

誰かこの辺のことに詳しい人いないかな??

私自身は靖国神社に行った事がないので

そこにどんな問題があるのかは分かりませんし語りません。

でも、靖国問題の解決がアジア外交を良くするとは思いません。

(そのうち靖国にも行ってそしたら語るでしょう)

この問題に様々な思いがかかわっていることは分かりますが

何か語るならそれなりのお勉強はして欲しいものです。

何を語るにせよこの程度の知識もなく(問題のメインなのに)

自分の都合ばかり語る人は、後先考えずに面子のためだけに

空に毒をまいている中なんとかっていう国のひとと同じに見えますよ。

外交に話がそれたよ。

言いたいのはそんなことじゃないんだ。これだ。

カミを都合がいいように操ろうなんて

人間もずいぶん偉くなったもんだなぁ・・・はぁ。

長くなりそうなので分けようかな。

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御御籤考

御御籤を隅々まで読むと

吉が出た人は凶に転じないよう、凶が出た人は吉に転じるよう

行動するように、と注意書きがあります。

つまり、どんな結果かではなくそれをどう受け止めるかが重要ということです。

これは占いと一緒ですね。

とはいえ、せっかくひいたのに

ただの余興で終わらせるのも勿体無いですから

呪いに転じてみましょう。

1.かなえたい願いが叶うと書かれたおみくじを用意する。

2.御御籤に書かれているのだから何が何でも叶うのだと信じる。

3.御御籤を神棚に上げる、または肌身離さず持ち歩く。

4.時々は取り出して眺める。拝んでも良い。

どんな呪術にもタネがありますから、↑この方法にも当然タネはあります。

しかし、それを知ったら効果が下がる場合もありますので

ここでは詳しく説明しません。良く考えたら分かると思いますが。

出来るだけ、初心者や眉唾なものには飛びつかない人にも

応用できる方法を書きましたので

かなえたい願い事がある方はお試しください。

さて、そもそも御御籤は

政を占う際に使われていた経緯にもあらわれるとおり

その事柄(御御籤の内容)と自分との間に縁があるからそれを引き当てる

という考えが根底に存在しています。

これが御御籤がただの紙切れではないという由縁でしょう。

しかし同時に、御御籤はただの紙切れでもあるのです。

要するに

はじめの話に戻りますが

それを手にした人がどう行動するかが一番大切なことなのです。

ただの紙切れと思って打ち捨てるも良し

教訓として心に留めるも良し

お呪い感覚で楽しむも良し

狂信して身を落とすも良し

ただし、自己責任です!!

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御御籤2

御御籤は元来中国に伝わる風習で

日本に入って比叡山で吉凶を占う形式が成立。

当時は政の重要な決定にくじ引きされていたらしい(・・;)

それが鎌倉時代から江戸時代にかけて広がり

現在の庶民向けの御御籤になったそうです。

※ソースは浅草寺の御御籤など

御御籤は「籤」を丁寧にした言葉です。

御御御付(おみおつけ)みたいなもんっすかね。

丁寧にしすぎて訳わかんなくなっちゃったみたいな?

でもま、いっか、みたいな?ビバ!!日本人!!

御神籤とも書きますがこれは神に関係するから、だそうで

寺でひくと御仏籤と書いたりするらしい。

私は浅草寺でひいたから「御仏籤」ひいたってことになりますね。

浅草寺の御御籤は、和歌と細かい運勢の二部形式で書かれていました。

記事には和歌を省き解説だけ載せましたが。

和歌で書くのが古くからの形のようですが

最近では和歌の部分がなく

後半の運勢のみが載せられているものも多いようですね。

ちなみにあまりよくない結果のときは

「境内の木に結ぶ」という慣習がありますが

これは「結ぶ」が「縁結び」に通じるということで

本来は結果に関係なく

縁結びのご利益のある神社で行われるものらしいです。

利き手ではないほうの手でよくない結果の御御籤を結ぶ

困難を達成する修行をした事になって凶が吉に転じるという説もあるようなので

この二つが合体して出来た風習かも?

でも、木の枝に御御籤を結ぶと木が傷むこともあるので

境内に設置してある指定の場所で結ぶようにしましょう!

次回は御御籤に対する私の見解などを。

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御御籤

ええ、昨年の年末になぜか東京霊所めぐりをいたしましたとも。

高尾山、五色不動、浅草寺&浅草神社等々・・・。

で、浅草寺で御御籤を引きました。。

他の場所では引く気にならなかったのですが

ここで引いてみようという気になったので。

コメントつきでお送りいたします。

浅草寺の御御籤は、がらがらを振って

出てきた棒と同じ番号の御神籤を貰うって言うタイプのものでした。

しかし無人でした。

だから外国人観光客が金も払わずひいていました。

私は払ったよーー。

そういえば昔父方の従姉妹が金を払わずひいたら「大凶」だったといっていたなぁ。

神社仏閣側からすれば日本人がまさか

カミの前でそんな泥棒じみたまねするわけ無いという信頼で無人にしてるのでは。

宗教違うからって傍若無人だなぁ。外国人はどうだったんだろう。

私の結果は「吉」だったのですが

内容は結構いいことばかりでした。

これが吉なら大吉はどれだけ浮かれた内容だろう・・・。

↓では。

長い間の苦労がようやく溶けて、だんだんよくなるでしょう。

まぁ、そうかもね。とりあえず、二年が終わった。

目上の人からきちんとした資格(身分や職)や権力が与えられることでしょう。

資格は、そうかも。しかし、権力・・・?私には無縁の言葉ですが?

でも、「職」だったら嬉しい。身分はどうでも良いです、そんな生き方してないし。

残り花に実が成るように、ようやく運がめぐってきたことになりましょう。

そうかな?まだそういう兆候はないけど。

福徳が自由に得られるようになり、昇進して末まで幸せでしょう。

末っていつまで?死ぬまで?

そういえば、御神籤って期間限定しないのかなぁ?あまり知らないけど。

願望:かなえられるでしょう。

しまったーー、健康じゃなくて大金持ちになりたいと願えばよかった!

病気:治るでしょう。

最近の願いは専ら健康なので嬉しいけど。でも別に病気はしていないんですよね。

ということは一度病気になるのかな・・・?

失せ物:遅くなって見つかるでしょう。

別に今は何も探してないしーーー、じゃあやっぱりこれから失くすのか・・・?

待ち人:遅く現れるでしょう。

私の待ち人といえば、おばぁちゃんだけど・・・。

現れるなら待つよ。遅くなっても。

これは当たると嬉しいなぁ。

新築・引越:良いでしょう。

しかし、引っ越さない!

旅行:良い旅となりましょう。

旅行はそこそこ行く予定です。そんな大げさなものじゃないけど

おばぁちゃんのお見舞いとか、おじいちゃんの一周忌とかあるし。

「良い」がどういう意味か分からないですけど、「悪い」よりは良かった。

結婚・付き合い:すべて良い方向に行くでしょう。

予定なし!!

以上。

ところで、御御籤って人に見せると効果がなくなるという説があるらしいですね。

・・・・・・・・・・効果?

まぁなんにせよ私は気にしませんけど。

所詮は「籤」ですから。

おみくじに関する解説は次回。

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喪中の正月の迎え方

本当はもっと細かくやりたかったんですけど・・・

忙しいので勘弁してください。

さて、先日神社仏閣をめぐりまわった私ですが、ふと数年前の

「喪中は鳥居をくぐってはいけない」

と友人がかたくなに鳥居の脇から入場するさまを思い出しました。

アレって迷信?それともしきたり?

もう鳥居くぐっちゃったけど・・・と思って調べてみました。

そしてついでに正月の迎え方も調べました。

以下には調べたことを私なりにまとめますので

氏子となる神社によってはしきたりが違うと思われます。

まず、正月の挨拶ですが

年賀状だけでなく

「あけまして○○でとう!!」

「○け○め!」

「ハッ○ーニューイヤー!」

↑自主規制

とかの挨拶も全部駄目。

正月のおめでたい浮かれムード、全部駄目!

だからウチでは門松も飾らないし、初詣にも行きません。

年が明けたらそっと仏壇に手を合わせる

くらいがベストだとのことです。

ウチ、仏壇無いから母さんの部屋のオカルトグッズコーナーに手を合わせるよ。

↑一応これはおじいちゃんの供養を遠隔でできるように作ったコーナーだから間違ってはいないはず。

神社の鳥居云々は喪中ではなく忌中。

喪中が一年なのに対し、忌中は短くて

父母で一週間その他は5日とかです。

とっても短いです。

だから、せめてもうちょっと慎んでましょうよってことで

鳥居だのなんだの行動面でのたしなみは

50日くらいを目安にしたほうがいいみたいですよ。

神道では仏教と違い死をケガレと考えますので

忌中の間は参拝がカミに対して失礼にあたるので控えます。

寺はOK。

鳥居をくぐるというのは敷地に入るということを意味するので

脇から入ればいいってもんじゃないみたいです。

暗に「来るな」ってことですね。オブラートに包んでるんですよ。

でも、神社によっては本当に脇から入ればイイよって所もあって一概には言えません。

(逆に一年間駄目って所もあるしほんと一概に言えない)

お寺に関しては先ほども言ったとおり何の問題もありません。

むしろ、お世話になっているお寺へ年始のご挨拶に行くのはよろしいことです。

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仏教神道キリスト教

なんで仏教やキリスト教の信者は

神道を自分の宗教と同じものさしで量るんだろう。

一番大きく違うのは

神道では他の宗教と違って

カミを崇めたり拝んだりしないって所。

神道のカミはただの大きな霊だからね。

神社への参拝もただ霊に会いに行ってるだけ。

靖国問題が持ち上がるといつもなんでそんなに目くじら立てるんだ?と思う。

カミとして祀るって言うのは人間よりちょっと上に上げる程度の意味合いだし

国のために殉じた霊に敬意を表しているだけじゃないかと思うんだけど。

あと、あそこなら家族じゃなくても会いにいけるし。

別に他の宗教のように崇めてるわけじゃないでしょ。

会いに行くだけ。だから、普通はお願いなんかしないのよ。

呪術になっちゃうからね。

呪術ってことは当然代償を支払うってこと。

仏と違って神は祟るって言うでしょ。

ルール違反したらペナルティがあるのは呪術の基本よ。

代償を払う覚悟があれば他の宗教の神より成就するのかもね。

そこらで呪術を行うより神社のほうがかないやすいって言うのは

いろいろ都合の良い条件が揃っているだけで

別にカミが願い事をかなえるのに奔走しているわけじゃないのよ。

自然の摂理を利用しているだけ。

今の子どもたちはお日様に感謝して手を合わせたりしないんだろうな。

それじゃ、神道を理解しようとしても無理かな。

私はしてたんだけど・・・

なんでだろ、七五三も祝えないキリスト教の家だったのに。

誰に教わったのだったかしら。。。

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稲荷

昔の記事です(^^;

うちの近くの神社、お稲荷さんなんですが
狐の像が子どもを抱えているんです。

お稲荷さんの狐って、神社ごとにいろんな格好をしていますね。
たいていその神社にちなんだ物を持っているとかですが
子ギツネを抱えているのはどんな由来によるのでしょう。

その神社は規模の割には由緒正しいようで
御神宝があるらしいのですが
子ギツネの謎については分かりませんでした。

ところで、お稲荷さん=狐と思われている方が
多いようですが(私も昔そう思っていた^_^;)
狐は稲荷の使者であってカミ様ではないのです。
ちなみに稲荷はイネ=稲、ナリ=生りからきた(稲が生る)
豊穣のカミのことになるようですね。
まあ、考えてみれば狐は社の門の外で守っているわけですから
狛犬と同じく、カミそのものではなく、使いであるというのは納得できます。

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伏見稲荷

伏見稲荷で見ました。

御狐様を。

あれは高校生のときです。

修学旅行で東寺に行きそびれた私は、居ても立ってもいられず

一人で京都に行きました。

昼の間にあちこち見てまわり

早めに夕飯を食べてホテルに居たのですが

何もすることが無く、暇でしようがなかったので

ホテルの近くにある伏見稲荷までいってみることにしたのでした。

時間は8時頃だったと思いますが

京都の夜は早いらしく

電車は終電間近、人気も無く、人家も明かりが消えています。

とにかく終電前に一回りしてしまおうと社務所のほうへ歩いていくと

社務所の左にある石段に

狐の面をかぶった男女が座っているのです。

二人とも色違い同じデザインの着物を着ています。

・・・・・・怖ッ!!(泣

なんか、文章にしてしまうと何てこと無いですが

薄暗い神社でこんなのに遭遇したらマジ怖いですよ。

とにかく、時間も無いことですし、中へ。

あの連なる鳥居を上へ上へ進んでいきます。

思っていたより広くて急ぎ足で上っているにもかかわらず

なかなか先が見えません。

どのくらい進んだのか感覚がなくなってしまった私は

一度立ち止まり後ろを振り返りました。

すると、5メートルほど後方の鳥居の間を

先ほどの男女が横切ったのです。

ええ!!さっき階段の一番下に座ってたのに。

私、結構早足で(時間が無いから)歩いていたのに。

その後は、もう少しと思って進んでみましたが

最後まで行く前に、恐怖が勝ってダッシュで下りました。

「ああ~~、、、清滝~~・・・絶対また来るぞ~~」

で、神社の入り口のところに、また、あの二人が居ました。

人間の癖に、なんて神出鬼没なんだ(・・;)

何が目的なんだ。

狐に化かされたのは私なのか、彼らなのか。

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